アンケート 日本を飛び出して 2006年01月

日本を飛び出して

海外旅行で見た素晴らしい風景写真。 左側にあるカテゴリーからお好きな場所の景色をどうぞ。

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アレキサンドリアの図書館

  1. 2006/01/31(火) 23:11:27
アレキサンドリアの図書館

2005年12月
エジプト旅行でアレキサンドリアも行きました。ここはクレオパトラがいたことで有名な地中海に面した古代都市です。
ここには昔、大きな図書館があったことで有名です。多くの国の言語で書かれた図書が集められていたという話です。

現在は立派な近代的な図書館が建っていました。この図書館の壁には世界中の国の言葉が掘り込まれています。勿論日本語も掘り込まれたいました。
地中海に面した、この場所に水を溜め込んでプールのように見えるところがありました。その向うは道を隔てて地中海が見えます。
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コプト教の十字架

  1. 2006/01/29(日) 22:56:25
コプト教の十字架

2005年12月

イシス神殿に残るこの模様は何でしょう。
神殿の中には絵や、ヒエログリフと言う文字でファラオの人生を描いたり、戦果を描いたりしています。
ヒエログリフの中にこんなものが掘られていました。
エジプトの紀元後の時代にローマに支配され、その頃キリスト教が入ってきました。その頃の時代にコプト教(キリスト教)と言う名で信仰されていた宗教だそうです。
その信者がイシス神殿に巣くっていたときに、この古いイシス神殿の柱に掘り込んだものです。神殿を教会にしたので、こんな十字を残したのです。それでも2000年近く経っているものです。

この神殿ではなかったかもしれませんが、神殿内で火をたいた後が残っていました。ここで生活していた人がいたと言うことです。

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ルクソール神殿のオベリスク

  1. 2006/01/26(木) 17:52:44
片割れがフランスにあるオベリスク

2005年12月

ルクソール神殿にあるオベリスクは、この対のもう一本のオベリスクがフランスのコンコルド広場にあるものです。
このオベリスクをフランスに送る代わりにフランスから時計をもらったそうです。でも、その時計は現在故障して動いていないのです。
当時エジプトには時計などと言うものはなかったので、オベリスクとの交換は等価値と判断したのでしょうか。



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アブシンベル小神殿

  1. 2006/01/25(水) 12:21:21
アブシンベル小神殿

2005年12月

アブシンベルには二つの神殿があります。一つは大神殿でこれはラムセス2世の神殿ですが、もう一つは小神殿と言われていて、やや規模が小さな神殿です。この小神殿はラムセス2世の奥さんの神殿です。

二つの神殿は岩山にくりぬいて作られた神殿です。ですから、この神殿がナセル湖のために湖底に沈んでしまう時に、ここに移設するときは大変だったと思います。移設に際して、色々な案が出たそうですが、結局部分的に分割して少しづつ切り出して移設するというもっともやりやすく、安全な方法がとられたそうです。

入り口の前に大きな女神と奥さんの姿が掘り込まれていました。中は暗くて写真は撮影禁止でした。

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イシス神殿

  1. 2006/01/24(火) 16:14:43
イシス神殿塔門

2005年12月

イシス神殿の塔門の写真です。
勿論出来たときの塔門を修理して積み上げたものだと思いますが、3000年くらい前のものですから、当時の土木建築技術の素晴らしさは驚嘆に値します。
後のファラオが前に作った塔門の飾りを削ったりして、作り変えたりしたりするので古いものは改修されたりするのですが、それでも見ごたえのあるものでした。

この神殿はもと、他の場所にあったものでした。それがアスワンハイダムが出来ることにより、水没するのでアルギア島に移設されたものです。1980年に移設されたものです。

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ハトシェプスト女王葬祭殿の壁画

  1. 2006/01/21(土) 18:03:45
ハトシェプスト女王葬祭殿の壁画

2005年12月
ハトシェプスト女王の葬祭殿はいつだったかテロで銃撃が行われたことで一躍有名になりましたね。
この葬祭殿には彩色された壁画が残っていたので撮りました。
それまでの神殿などの古い遺跡の壁はほとんどが掘り込んだヒエログリフばかりでした。そこには彩色の後は見られませんでした。
と言うよりも長い年月の経過で色が落ちてしまったのだろうと思います。

このようなヒエログリフや絵は祭られている人の功績や戦績が誇らしげに書かれています。
この絵もどこかに遠征して戦果を挙げたときの様子だと思います。
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太陽の船

  1. 2006/01/20(金) 22:29:32
太陽の船

2005年12月

エジプトのピラミッドはギザにある3つのピラミッドが有名です。
このピラミッドのそばに太陽の船を展示しているところがあります。
この船はファラオがあの世に旅立つ時に乗っていく船だと言われています。ですから、ピラミッドのそばに埋めてありました。この船を掘り出して、飾ってあるのです。
こんな大きな船のまま埋めて置いておくのは大変なので、細かく部品に分けて埋めてあったそうです。
それを掘り出して、組み立ててここに展示していました。
日本ではこんな木造船が3千年も腐らずに置いておけませんが、さすがエジプト乾燥している国です。こんな綺麗な形のまま今の時代に組み立てられることにびっくりです。
この展示場に入るには布のオーバーシューズを履いて見学します。それが難物で、すぐに靴から外れてしまうので困りました。
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アブシンベル神殿

  1. 2006/01/19(木) 18:07:29
アブシンベル神殿

2005年12月

エジプトの最も南の観光地はアブシンベル神殿です。
ナイル川を遡って、アスワンハイダムに行きますが、それよりもさらに上流にこの神殿はあります。
なんでこんな遠くに神殿を作ったのでしょうか。当時の首都はメンフィスあたりで、ナイル川を地中海から大分遡ったあたりですが、それよりもまだまだ遡らないとこの神殿に行き着きません。
ここはラムセス2世が作った神殿です。写真はラムセス2世の神殿で大神殿と言われています。そのそばに奥さんの小神殿もあります。

この神殿はアスワンハイダムが出来ると湖底に沈むので、国連の力で、60mほども引き上げてこの場所に移設しました。

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王家の墓

  1. 2006/01/14(土) 22:38:04
王家の谷

2005年12月

エジプトのナイル川にルクソールという都市があります。ナイル川の東岸は神殿などの生きている人の活動する場所としての建造物があったのですが、西岸は死者の町としてお墓や葬祭殿が作られました。

王家の谷にはたくさんのファラオのお墓が作られました。しかしそのほとんどが盗掘されていて、ツタンカーメンの墓は盗掘を免れた墓でした。

この王家の谷は、草木もない谷間でこんな場所に夏来たら人間のミイラが出来上がるように乾燥して暑いところです。
私の行った12月でも日向は暑いので、屋根のあるところで日差しを避けました。
ハトシェプスト女王の葬祭殿という場所がありますが、その葬祭殿の背後は崖になっています。その崖の後ろ側がこの王家の谷と言ってファラオのお墓のある場所です。

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